中四国防災訓練(思い出すまま)下 [赤十字奉仕団]
12時前まで、訓練は続きました。
私たちの役目は、物品運搬係でした。
どこに毛布が何十枚必要と、無線で知らせてくると、
それをその場所へ運ぶ係です。
但し、訓練ですから本物は持って行かないで、物品名を書いた
カードを持参するだけ。本番になると体力が要りますね。
最後に閉会式。
講評をいただき、お弁当を食べて解散でした。
なるほど、本番でもこうすれば、大丈夫だという自信が付きました。
やはり、訓練をしておくことが大切だと感じました。
(ご訪問ありがとうございました。)
中四国防災訓練(思い出すまま)中 [赤十字奉仕団]
次々と、各県から日赤支部の車が入ってきました。
10時を過ぎたころから、訓練が始まりました。
津波から逃れ、屋上に上がった人々の救助。
ビルに穴を開けての救助等々。
実際に見て、真剣な取り組みに感心しました。
つづく
(ご訪問ありがとうございました。)
小学校訪問 [赤十字奉仕団]
02/12晴れ。早朝。赤十字奉仕団の活動の
一環として学校訪問をしました。
ここは、県下一の児童数をようする学校です。
寒い寒い体育館でした。子どもたちも寒そう。
内容は、子どもたちが集めたアルミ缶収入を
日赤に寄贈してくれるという、有り難い式への参加です。
その様子を、劇にして見せてくれました。
先生や児童の皆さん、大変ありがとうございました。
(ご訪問ありがとうございました。)
赤十字の集い 下 [赤十字奉仕団]
01/14午後。
スライドで、赤十字のこの一年の様子が紹介されました。
赤十字の特使、藤原紀香さんがよく映っていました。
z中学校の生徒のコーラス。
式典に入り、功労者の表彰が続きました。
研究指定校の、素晴らしい発表がありました。
最後は、ネパール地震の時に、救援に行った日赤の看護師さんの報告がありました。
充実した一日でした。
(ご訪問ありがとうございました。)
赤十字の集い 上 [赤十字奉仕団]
10/14日は,赤十字の集いのの日でした。
朝から、その準備にかり出されました。
荷物を運び込むと、打ち合わせを行い、設営に懸かりました。
これで、受け入れ体制は出来、完了です。
つづく
(ご訪問ありがとうございました。)
学校訪問 5 最終 [赤十字奉仕団]
青少年赤十字の加盟をすすめるために、学校訪問をしました。
これで5校目です。
夏休みにつき、閑散としています。
今度も教頭先生にお目にかかりました。
本県の加盟率は90%超です。100%を目指しています。
この学校も、前向きに考えてくれそうでした。
(ご訪問ありがとうございました。)
旅行のため、明日26日から,9月1日まで休みます。
アルミ缶回収収益金 [赤十字奉仕団]
小学校の児童が1年間に集めた、アルミ缶の収益金を贈呈してくれるというので
早朝より起きい出し、8時過ぎにその小学校へ行きました。
始業前の小学校。
体育館に集まった児童たち。1000人を割ったそうです。
贈呈式は児童の手に寄って進められました。
とてもしっかりした子どもたちでした。
(ご訪問ありがとうございました。)
赤十字の集い 下 [赤十字奉仕団]
赤十字の集いの後半は、講演会でした。
東北の震災地、石巻赤十字病院、副医院長の「金愛子さん」が、
「赤十字と看護の心」:と題して感銘深いお話をしてくれました。
この方自身、夫を亡くされ、自宅も流されたという悲劇に見舞われながら、
訪れる患者の為に献身的に看護に当たり、その職員の指導にも力を注いだ
というのですから頭が下がりました。
その功績が認められて、最高のナイチンゲール賞を受賞されたそうです。
むべなるかなであります。
(ご訪問ありがとうございました。)
赤十字の集いの集い 中 [赤十字奉仕団]
26日13:30遅刻通り開会。いつもなら県知事が集積のはず。
ところがこの日、大塚氏のお別れ会があり、そちらに参席だそうでした。
後、殆ど代理者の挨拶でした。そのセレモニーが済み、
日赤看護師さんのイラクでの活動報告。
単身で、戦闘地域のイラクまで行き、傷病者の看護に当たったそうです。
その活動を明快に話してくれました。凄いの一言です。
やはり看護師さんです。患者の喜んでくれることが、一番の歓びだったとか。
素晴らしい!
つづく
(ご訪問ありがとうございました。)
赤十字の集いの日 [赤十字奉仕団]
01/26は、赤十字集いの日です。
準備のボランティアを頼まれていましたので、県阿波銀ホールへ出向きました。
準備中のステージ付近。
準備をするメンバー。
準備の説明を聞く。
指示に従って作業を進めました。
外回りも。
館内も準備万端。
だんだんと人が集まり始めました。
いずこも同じ。圧倒的に女性が多いですね。
つづく
(ご訪問ありがとうございました。)
TOKYO⑥ 研修 [赤十字奉仕団]
07/04、金。小雨9時に研修が始まりました。
防災教育を展開していくと力説。
担当者は東北の被災地出身。写真は成人式の同級生。1人は亡くなり、
本人をはじめ、どの人も親族が被災という、生々しい話がありました。
防災教育の大切さを実感した瞬間でした。
(この後、中四国ブロックで集まり、意見交換をしました。)
全体会風景。
後、昼食の弁当をいただいて解散となりました。
これから、自分の時間となります。つづく
(ご訪問ありがとうございました。)
TOKYO⑤ 日赤本社 [赤十字奉仕団]
07/03の夜。迷いながら、浜松町のホテルにたどり着きました。
ホテルから見えたビル。
翌朝、また道を尋ねながら、日赤本社へ行きました。
開会の9時まで時間があったので周りを見て行きました。
会場と周りの絵画等。
本館前に出て、周辺も見ました。
糸杉:イタリアのソルフェリーノからの実生です。
本社ビルと正面玄関付近。
会議は定刻9時に始まりました。つづく
(ご訪問ありがとうございました。)
TOKYO④祝賀会宴会 [赤十字奉仕団]
07/03の夜は、本協議会の50周年の記念式典がありました。
日赤本社がある芝大門から、芝公園にあるメルパルク東京まで歩きました。
すでに会場は設営。
式は、会長の挨拶に始まり、来賓の祝辞とセオリー通りに。
宴会に入り、多彩な出し物が披露されました。
手品。コーラスなど。
2時間程時間が経って、3本締めで祝賀会は終了しました。
つづく
(ご訪問ありがとうございました。)
TOKYO③ 記念式典 [赤十字奉仕団]
07/03。委員長の代理で出席した会議です。
今年は、全国の本協議会が発足して50年周年ということで、
記念式典が開かれました。
開会時間の前、慌ただしい緊張感が流れたと見えましたら、
近衛社長挨拶。昨日まで海外公務。この会に併せて帰国されたとか。司会もやや緊張気味?
前会長に感謝状贈呈。
前会長時のメモ帳が3冊に及んだとか。お疲れさまでした。
記念式典、記念講演は、「佐野常民考」と題して、日本赤十字社の生みの親である、
佐野常民の研究成果のご披露でした。
つづく
(ご訪問ありがとうございました。)
TOKYO② [赤十字奉仕団]
07/03。13時に始まった総会。
この後、集合写真撮影。
総会が始まってから、(私も進行が変だと思っていましたら)、
配られていない書類が3部ほどあり、会議がもたついてしまっていました。
つづく。
(ご訪問ありがとうございました。)
TOKYO [赤十字奉仕団]
07/03~04。日赤本社である、委員長総会に
代理出席をしてきました。
あいにくの雨。最近の旅行は、雨に見舞われている・・・。
9時過ぎ到着。幸い東京は曇り空。お茶の水で働いている、二男に
会ったあと、12過ぎ、日赤本社に着きました。
今年は50周年記念日の式典もあります。
全国各地から、参集しています。
顔見知りの人と挨拶を交わしました。
13時から会が始まりました。つづく
(ご訪問ありがとうございました。)
高校生と・・・ [赤十字奉仕団]
02/23晴れの9時、鳴門のドイツ館へ行きました。
ボランティア活動をしている高校生に、ドイツ兵を大切にした、板東俘虜収容所と
赤十字の関わりについて講話を頼まれたからです。
館内の売店。右ーザンビアのグッズ。
集まっていた素直な高校生たち。
赤十字ゆかりの地の碑まで、ゴミを拾って歩いていきました。
天気も良く、生徒も先生も明るい人たちばかりで、楽しく話ができました。
この子たちがこのまま素直に育ってくれますようにと思いながら別れました。
(ご訪問ありがとうございました。)
奉仕団研修会 [赤十字奉仕団]
昨日12/12日、赤奉仕団の研修会がありました。
10時から某ホテルで会がありました。フロント付近の様子。
会議前の様子。
参会者は13人(ドタキャンが2名)。
(会員高齢化のために参加者激減)委員長挨拶と、局長挨拶。
研修内容は、全国会と中四国ブロック会の報告。
紙芝居(板東俘虜収容所の美談)作製の最終点検。
国際人道法について等、実り多い研修でした。(進行したいたため写真撮れず。)
その後、昼食懇親会を開きました。
宴会は10人でしたが、元気な人たちばかり(特に口は)でしたから、
にぎやかに楽しく終わりました。このあとさらに茶店で歓談。
総終了は、15:30分でした。皆さん、ご苦労様、ありがとうございました。
(ご訪問ありがとうございました。)
JRCトレセン会場を訪問しました [赤十字奉仕団]
JRC=青少年赤十字。
トレセン=赤十字の考えや技術を集中して、トレーニングすること。
昨日は中学生、今日からは小学生。
8/2日からは高校生が入ります。
私はその激励に行ったのです。
会場は、B&G海洋センター。
午後からの開会でまだ準備中でした。
本部内の荷物。救急法やワークショップの材料が置かれていました。
メイン会場。
控え室と資料と宿泊室(2段ベッド)。
そうこうするうちに、お弁当がきましたから、遠慮なくいただきました。
参加者の第1陣が、到着。
この子どもたちは、2泊3日で、健康や安全の技術や、ボランティアの大切さ、
そして国際親善・理解の事を学んで、楽しく帰って行く事でしょう。
(ご訪問ありがとうございました。)
鳥取県から来た人たち・・ [赤十字奉仕団]
06/29晴れの午前中。
9時に、鳴門市にあるドイツ館というところに、鳥取県からの来訪者があるので時間前に行きました。
9時、鳥取から来た赤十字奉仕団の人たちは、ドイツ館内で説明を受けていました。
内容:第一次世界大戦時。1000人に余るドイツ人捕虜がこの地の坂東収容所に入れられた。
赤十字条約を遵守した、松江所長の温情あふれる処遇が語り継がれ、今日もドイツとの交流が続いている等。
館内で30分ほど。
集合写真。
背景のドイツ館は、独リューネ市役所を模したもの。
次いで、捕虜収容所があった現地へ案内。
ここからが小生のボランティア活動開始です。
この敷地に、8棟の収容所や墓石のことや、池にヨット、山際、に別荘があったなど説明しながら・・。
3年ほど前、藤原紀香さんらが来て、お披露目されたモニュメント。
ここがなぜ「赤十字ゆかりの地」なのか、なぜ「第九」発祥の地なのか実話を取り上げ
皆様に説明しました。来訪者は赤十字奉仕団の人たちですから興味を示してくれたようでした。
(初仕事。汗顔のボランティアでしたが。)
その後、
皆さんは、このバスで淡路島経由で観光をしつつ、夜には鳥取県へ帰るという話でした。
無事にお帰りください・・・よ。
という次第で私の仕事は終わりました。
(ご訪問ありがとうございました。)
小学校訪問 [赤十字奉仕団]
02/15雨の早朝、07:40
、千○小学校へ。
校長室に入って他の人が来るのを待ちました。
室内に児童数1000人も越える学級写真もありました。
この学校へお邪魔した理由は、この大勢の子どもたちが、1年間掛かって
アルミ缶を集め、その収益金を赤十字に贈呈してくれるという、
その立ち会い参列のためでした。
集めたお金はどのように使われるかの劇と、贈呈の様子。
集めたアルミ缶は何と8万個超、収益金は5万円を越えていたそうです。
校長先生のお話を、寒い中、静かに聞き入る子どもたち。
(子どもたちをはじめ大勢の皆さんの奉仕の気持ちに
敬意を表しながら退出しました。ありがとうございました。)
(ご訪問ありがとうございました。)
ドジの日etc [赤十字奉仕団]
02/07は赤十字奉仕団の役員会がありました。
2階に上がり、事務室で「
皆さんはまだですか?」と聞きましたら、
「今日の会議は1時からです」と、言われました。
(えっ。いつも朝の会議ばかりだったから、勘違いのドジです。)
で、担当者と午後の会議の細かい内容を打ち合わせをして、
日赤近くの工事場を見て帰宅しました。
とほほ、午後、再び、日赤へ。
午前中の打ち合わせのお陰で、議事は速やかに進みました。
(これぞ、怪我の功名、也とな。)
(ご訪問ありがとうございました。)
赤十字の集い [赤十字奉仕団]
01/22、雨後曇。終日。
年1度恒例の赤十字の集いが午後からあります。
その準備を依頼されていましたので、早朝、会場へ行きました。
椅子運びや看板立て、幟立てをしました。
会の進行中、案内係とビデオ撮影を頼まれ、それに従事しました。
功労者表彰や、県支部長(知事)挨拶などのセレモニーの後、
アフリカのウガンダで、妊産婦の保健医療に行ってきた
日赤の看護士さんの素晴らしい報告がありました。最後に、
前石巻赤十字病院医療社会事業部長「石井 正」氏の特別講演がありました。
沢山押し寄せる患者を、重症・軽症などに振り分ける関所(?)作りと、石巻市
全体の組織作りや対応実践を明快に解説し、クールな中に「医は仁術」を
感じさせてくれた、好演でありました。
(ご訪問ありがとうございました。)
会議2つ [赤十字奉仕団]
12/11と、12/12と、2日続きの会議がありました
。
12/11は赤十字奉仕団の
研修会でした。
この会議に、熱弁を振るう人が二、三人いますが、建設的で協力的です。
だけら、時間は長引きましたが、新年会も開くということも決めて、
楽しい中に終了しました。
(ところが)
12/12の○○会議は、全く失望の会でした。
一人のKY発言。それが真っ当に聞こえるものですし、大先輩ですので
上から目線の話に反論も出来ないといった空気の中、時間オーバーで終了。
こんな不毛な会には二度と出席しない、と決めて会場を出ました。
良い会の後に悪い会。世の中、あざなえる縄の如しか・・・。(以上)
ボランティア [赤十字奉仕団]
(本日も、ご来訪ありがとうございます。)
日赤からの依頼で、ボランティア活動をしてきました。
35名の婦人会などのメンバーが参加。炊き出し実習。
救助品収納倉庫内での説明。非常食、結構うまそうな・・・。
毛布など、大量の救助物資。
ノーパンクの自転車。献血の重要性など、血液センターの説明。
第一次世界大戦時「板東俘虜収容所と赤十字」の講話(小生の出番)
この後、参加の皆さんは鳴門市のドイツ館へ向かって出発して行きました。
ウオークで見たもの。
この私を恐れて逃げて行く・・・。
お天気()
今やらねば・・ [赤十字奉仕団]
(本日も、ご来訪ありがとうございました。)
日赤支部で所用があり、行きました。
二階の事務所に入りますと、局長が平櫛田中さんの美術館で
買って来た扇が飾られていました。
赤十字活動者には、誠にふさわしい田中さんの座右の銘であります。
それにしても、
100歳を超えて活躍した氏のバイタリティに驚かされますよね。
この言葉はアンドレ・ジッドの’贋金作り’とという作品が出典であると
ネットで見ましたが、詳細をご存知の方はお教えください。
(因に英語では、)
IF NOT NOW,THEN WHEN?
IF NOT ME,THEN WHO? だと、最近見たEテレで知りました。
この言葉にあやかりたいと思いながら、ここの仕事を終えて出ました。