古文書の噺 下 疱瘡・はしかの薬 [近世文書]
渡来象の始末。吉宗の上覧した後、見世物に。
しかし、営業にはならなかった上、この象の餌代や
維持管理に年間200両も要したので、早く民間に払い下げたい
意図があったようですが誰も手を出さなかったとか。
この頃、麻疹や疱瘡が流行っていたのだそうです。
このタイミングで中野村(中野区)の3人の百姓が、象の糞の
黒焼きをこの病気の特効薬として売り出したいとの
願書きが出されたのです。それがこの文書です。
この薬を「象洞(ぞうほら)」名付けて売り出したそうです。
一服10文でしたが、これも採算が取れなかったようです。
この象は江戸に来てから、14年間生存。その象の骨も
見世物にされますが、これも利益を上げることが出来なかったとか・・。
象自身は、手厚く厚遇されましたが、それを取り巻く人間共には
さしたる利益を生まなかったようです。
しかし、享保時代の人々でこの珍重な動物を目にすることが
できた人々の大きな感動を与えたという事は間違いないですね。
皆さんが幸せで健康でありますように。
(ご訪問ありがとうございました。)
2018-08-12 14:51
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